台湾人は漢民族ではない―知っておきたい隣国の真実
2009/02/01/Sun
■最新の研究結果―南島語族の起源は台湾
台湾では人口の八四%が所謂「本省人」で、一四%が戦後中国から渡って来た「外省人」、そして二%が原住民とされるが、これまで本省人は清国統治時代(一六八三~一八九五)に移民してきた漢民族の子孫で、原住民はそれ以前に東南アジアから渡って来たマレー・ポリネシア民族(オーストロネシア語族=南島語族)と説明するのが常識だった。
この南島語族の居住地はフィリピン、マレー、インドネシアはもとより、イースター島に至るまでの太平洋の島々、そして西はアフリカのマダカスカル島に及ぶなど、範囲の広さでは世界一の語族である。ではこの語族はどこから拡散したかと言うと、かつては『コン・ティキ号漂流記』で知られるヘイエルダールの南米のインカ族が起源だとする説が有力だったが、その後この仮説に多くの欠陥があることが判明。今日では言語学研究によってインドシナ半島を起源とする説が有力で、中国沿海部、台湾とする主張も見られる。
そうした中、「マレー・ポリネシア人の起源は台湾だ」との研究結果が、一月下旬の米誌「サイエンス」で発表された。
これはニュージーランドのオークランド大学の地域言語学研究によるもの。東南アジア、太平洋地域での四百種以上の言語をコンピューターで分析し、簡単な動詞、動物、色、数字などの基本的な語彙の比較から、同語族の移動ルートを割り出したのだ。

その結果「南方民族は五千二百年前に台湾を出発し、東南アジアで約一千年滞留。その後の一千年以内の時間内でフィージー、サモア、トンガに至り、そこで約一千年留まった後、さらにポリネシアへ進出。最後はニュージーランド、ハワイ、そしてイースター島へと拡散して行った」と言う。ちなみにニュージーランドでは、マオリ族が定住したのは今から七、八百年前とのことだ。
研究グループによると「丸木舟を用いる優れた航行技術があったため、速いスピードで太平洋諸島に拡散できた。偉大な人類の移動の旅だった」とのこと。まさに壮大なロマンを書き立てる話である。
ちなみに最近のDNA研究からも、台湾を南方語族の起源とする結果が出ており、台湾の原住民にとっては誇りともなろうが、ここで台湾人全体が考えなくてはならないことがある。
■台湾人は漢民族移民の子孫ではなかった
上記の研究結果が発表されるや、台湾の学者である沈建徳氏は「自由時報」(一月二十五日)に一文を寄せ、「台湾人(※本省人)は南島語族であって中国人ではない。外国人にはわかっているのに、自分たちには先祖が原住民であることがわかっていない」と主張した。
次のように語る。
――― 一八八五年、劉銘傳(※清国の台湾巡撫)は「台湾の沿海八県の地(台湾西南部の人口密集地域)では、番が六割で民が四割を占める」と上奏した。「番」とは番(原住民)で、「民」とは漢化された番のことだ。
――― 一八九六年、日本の学者、伊能嘉矩が士林(※台北の地名)で観察したところ、山地のケタガランの平埔族と街中の「漢人」は体格も顔立ちも変わらなかった。
――― 一九四七年に二二八事件が発生したとき、英紙が「六百万の島民の圧倒的多数は中国人で、中国による合併を歓迎した」と報じたところ、英国外務省(一八六○年ごろから台湾で公館を設け、台湾の「漢人」が「番」であることをよく知っていた)は、直ちに「台湾人は中国人ではない。それは中国人が言っていることだ。実際には圧倒的多数の台湾人は原住民で、明国時代以来、中国の支配をほとんど受けていない」と糾している。
沈建徳氏はこれまで、統計学の観点から、台湾の人口の歴史的変遷を克明に調査し、台湾の「本省人」が清国統治時代に同化(漢民族化)させられた原住民の子孫であり、移民の子孫とするのは古文献上の記録の政治的捏造であることを突き止めた人物。その研究成果の正しさは、医学界での住民のDNA調査でも裏付けられているのである。

漢化される前の原住民。今は平地から消え去った

19世紀後半に西洋人が描いた原住民。漢化
されて辮髪がある
■漢民族意識を放棄せよー「台湾民族」が台湾を守る
だがこの事実を台湾人がなかなか受け入れようとしないのは、国民党の中国人化教育の影響、そして原住民を蔑視する伝統意識(これも漢化の影響)などと言った理由考えられるようだ。
そのため血統上は異なっても、漢民族意識があるかぎり、台湾人は漢民族のままである。しかし台湾人は中国の漢民族との比較を通じ、自分たちが異質の存在であることを知り、台湾人意識(台湾人としての誇りの意識)を高めているはずである。日本人から見ても台湾人は、漢民族よりも正直でやさしく、開放的な性格を持っており、民族的なDNAの違いが感じられる。
それならば、以上のような歴史的経緯をも踏まえ、「台湾民族」を形成するべきではないだろうか。ホーロー人、客家人、原住民とのグループの違いはあっても、今ではすでに言語、生活様式は一致しており、誇りある「台湾民族」と自認さえすれば、それでいいはずである。
また外省人にしても、こちらは漢民族の血統とは言え、本省人社会での同化を通じ、今やその性格は中国の漢民族とは違っている。日本人から見れば本省人とほとんど区別がつかないほどだ。従って同様に「台湾民族」への帰属意識を確立すれば、その日からその一員となれるはずだ。
そうしなければ、中国の「両岸関係の平和発展は両岸同胞の交流と協力、……中華民族の偉大な復興に有利。…大陸と台湾が一つの中国に属することを両岸関係の平和発展の政治的基礎にするべき」(昨年末の胡錦濤の「重要講話」)と言った、台湾人の「同胞」「中華民族」意識に訴える統一攻勢に、どこまで抵抗できるかはわからないのだ。
逆に「台湾民族」の存在をアピールすれば、必ずや国際社会に対し、「一つの中国」の誤謬から脱する大きな契機をもたらすこととなるだろう。
日本民族にとっても、世界で最も親しく、信頼できる兄弟のような「民族」が隣国に誕生することとなり、これほど嬉しく頼もしいことはない。
*********************************************

↑ ↑
よろしければクリックをお願いします。
運動を拡大したいので。
【お知らせ】 「台湾は日本の生命線!」メルマガ版を創刊
反中華覇権主義運動の一助たらんとさまざまな関連情報を配信しておりますので、同志同憂のご登録ならびにご指導をお願い申し上げます。
登録先・バックナンバー http://www.melma.com/backnumber_174014/http://tw.youtube.com/watch?v=xbfw0z7XWww
台湾では人口の八四%が所謂「本省人」で、一四%が戦後中国から渡って来た「外省人」、そして二%が原住民とされるが、これまで本省人は清国統治時代(一六八三~一八九五)に移民してきた漢民族の子孫で、原住民はそれ以前に東南アジアから渡って来たマレー・ポリネシア民族(オーストロネシア語族=南島語族)と説明するのが常識だった。
この南島語族の居住地はフィリピン、マレー、インドネシアはもとより、イースター島に至るまでの太平洋の島々、そして西はアフリカのマダカスカル島に及ぶなど、範囲の広さでは世界一の語族である。ではこの語族はどこから拡散したかと言うと、かつては『コン・ティキ号漂流記』で知られるヘイエルダールの南米のインカ族が起源だとする説が有力だったが、その後この仮説に多くの欠陥があることが判明。今日では言語学研究によってインドシナ半島を起源とする説が有力で、中国沿海部、台湾とする主張も見られる。
そうした中、「マレー・ポリネシア人の起源は台湾だ」との研究結果が、一月下旬の米誌「サイエンス」で発表された。
これはニュージーランドのオークランド大学の地域言語学研究によるもの。東南アジア、太平洋地域での四百種以上の言語をコンピューターで分析し、簡単な動詞、動物、色、数字などの基本的な語彙の比較から、同語族の移動ルートを割り出したのだ。

その結果「南方民族は五千二百年前に台湾を出発し、東南アジアで約一千年滞留。その後の一千年以内の時間内でフィージー、サモア、トンガに至り、そこで約一千年留まった後、さらにポリネシアへ進出。最後はニュージーランド、ハワイ、そしてイースター島へと拡散して行った」と言う。ちなみにニュージーランドでは、マオリ族が定住したのは今から七、八百年前とのことだ。
研究グループによると「丸木舟を用いる優れた航行技術があったため、速いスピードで太平洋諸島に拡散できた。偉大な人類の移動の旅だった」とのこと。まさに壮大なロマンを書き立てる話である。
ちなみに最近のDNA研究からも、台湾を南方語族の起源とする結果が出ており、台湾の原住民にとっては誇りともなろうが、ここで台湾人全体が考えなくてはならないことがある。
■台湾人は漢民族移民の子孫ではなかった
上記の研究結果が発表されるや、台湾の学者である沈建徳氏は「自由時報」(一月二十五日)に一文を寄せ、「台湾人(※本省人)は南島語族であって中国人ではない。外国人にはわかっているのに、自分たちには先祖が原住民であることがわかっていない」と主張した。
次のように語る。
――― 一八八五年、劉銘傳(※清国の台湾巡撫)は「台湾の沿海八県の地(台湾西南部の人口密集地域)では、番が六割で民が四割を占める」と上奏した。「番」とは番(原住民)で、「民」とは漢化された番のことだ。
――― 一八九六年、日本の学者、伊能嘉矩が士林(※台北の地名)で観察したところ、山地のケタガランの平埔族と街中の「漢人」は体格も顔立ちも変わらなかった。
――― 一九四七年に二二八事件が発生したとき、英紙が「六百万の島民の圧倒的多数は中国人で、中国による合併を歓迎した」と報じたところ、英国外務省(一八六○年ごろから台湾で公館を設け、台湾の「漢人」が「番」であることをよく知っていた)は、直ちに「台湾人は中国人ではない。それは中国人が言っていることだ。実際には圧倒的多数の台湾人は原住民で、明国時代以来、中国の支配をほとんど受けていない」と糾している。
沈建徳氏はこれまで、統計学の観点から、台湾の人口の歴史的変遷を克明に調査し、台湾の「本省人」が清国統治時代に同化(漢民族化)させられた原住民の子孫であり、移民の子孫とするのは古文献上の記録の政治的捏造であることを突き止めた人物。その研究成果の正しさは、医学界での住民のDNA調査でも裏付けられているのである。

漢化される前の原住民。今は平地から消え去った

19世紀後半に西洋人が描いた原住民。漢化
されて辮髪がある
■漢民族意識を放棄せよー「台湾民族」が台湾を守る
だがこの事実を台湾人がなかなか受け入れようとしないのは、国民党の中国人化教育の影響、そして原住民を蔑視する伝統意識(これも漢化の影響)などと言った理由考えられるようだ。
そのため血統上は異なっても、漢民族意識があるかぎり、台湾人は漢民族のままである。しかし台湾人は中国の漢民族との比較を通じ、自分たちが異質の存在であることを知り、台湾人意識(台湾人としての誇りの意識)を高めているはずである。日本人から見ても台湾人は、漢民族よりも正直でやさしく、開放的な性格を持っており、民族的なDNAの違いが感じられる。
それならば、以上のような歴史的経緯をも踏まえ、「台湾民族」を形成するべきではないだろうか。ホーロー人、客家人、原住民とのグループの違いはあっても、今ではすでに言語、生活様式は一致しており、誇りある「台湾民族」と自認さえすれば、それでいいはずである。
また外省人にしても、こちらは漢民族の血統とは言え、本省人社会での同化を通じ、今やその性格は中国の漢民族とは違っている。日本人から見れば本省人とほとんど区別がつかないほどだ。従って同様に「台湾民族」への帰属意識を確立すれば、その日からその一員となれるはずだ。
そうしなければ、中国の「両岸関係の平和発展は両岸同胞の交流と協力、……中華民族の偉大な復興に有利。…大陸と台湾が一つの中国に属することを両岸関係の平和発展の政治的基礎にするべき」(昨年末の胡錦濤の「重要講話」)と言った、台湾人の「同胞」「中華民族」意識に訴える統一攻勢に、どこまで抵抗できるかはわからないのだ。
逆に「台湾民族」の存在をアピールすれば、必ずや国際社会に対し、「一つの中国」の誤謬から脱する大きな契機をもたらすこととなるだろう。
日本民族にとっても、世界で最も親しく、信頼できる兄弟のような「民族」が隣国に誕生することとなり、これほど嬉しく頼もしいことはない。
*********************************************

↑ ↑
よろしければクリックをお願いします。
運動を拡大したいので。
【お知らせ】 「台湾は日本の生命線!」メルマガ版を創刊
反中華覇権主義運動の一助たらんとさまざまな関連情報を配信しておりますので、同志同憂のご登録ならびにご指導をお願い申し上げます。
登録先・バックナンバー http://www.melma.com/backnumber_174014/http://tw.youtube.com/watch?v=xbfw0z7XWww
スポンサーサイト