日本人が台湾で中華文化を抹殺したと言うなら光栄だ
2008/12/21/Sun
■台湾と中国との違い―読売の記事は正確か
敗戦で引揚げる日本人男性が台湾人女性に宛てたラブレターを鍵に、現代の日台の若者の恋を描く台湾映画「海角七号」は同国で記録的ヒットとなったが、中国では「皇民化の影」ありとの理由で上映が中止となり、ネット上でも「日本の殖民地化を批判していない」と言った批判がでている、と報じるのが読売新聞に掲載された中国特派員の記事「中台の感性 大きな溝」だ。

この台中の異なりについて記事は次のように分析する。
「中台が1949年に国共によって分断されて60年。中国ではなお共産党の独裁が続くのに対し対し、台湾は20年前に民主化した。…一つは、画一的な対日認識が圧倒的な力を持つ中国と、多様な対日認識が当たり前となった台湾との体制の違いだ」
「分断と体制の違いで、中台の人々の感性は大きく隔たってしまったのではないかという気もする。政治優先で乾いた感覚の中国人、対人関係を重視し、ウエットな台湾人」
これによると、台湾人の感性と中国人の感性はもともと一致していたが、戦後の「分断」で異なるものになったと読み取れるが、果たしてそうだろうか。
これに関しては国民党の名誉主席、連戦が比較的に的を衝いた話をしている。
■台湾で中華文化を断ち切った皇民化政策
連戦は李登輝総統時代の副総統でありながら、二〇〇〇年の総統選挙で敗れて李登輝と袂を分かち、〇四年に再び落選すると、「聯共制台独」(共産党と組んで台湾独立を制止する)に道を選択して中国を訪問、国民党の中国への傾斜の道を切り開いたような人物だ。血統的には台湾人だが、戦時中に中国で生まれ、自分は中華民族だと誇っている。
彼の誇りは祖父の連横(雅堂、一八七八−一九三六)だ。この人は日本統治時代に漢文で『台湾通史』を著すなど、「抗日詩人」などと言われているが。もっとも同書には台湾総督や民政長官など、錚々たる日本人たちが題字を寄せており、「抗日」と言うより「御用学者」のようなところがある。論述にも誤りが多く、大した本ではない。その後、前時代的なアヘン吸引容認論を書いて非難を浴び、居辛くなって台湾を捨て、一九三三年に中国へ移住している。
胡散臭さはありながらも、こうした抗日=中華文化の台湾人は、「中国は一つ」の宣伝の上では格好の材料なのだろう。十二月十八日に、連横の記念館が浙江省杭州でオープンした。
開館式には台湾から連戦が参列した。台湾弁公室の王毅主任、海峡両岸関係協会の陳雲林会長、浙江省省委書記の趙洪祝なども参加した。
挨拶に立った連戦は祖父の中華文化への貢献を強調した後、こう述べた。
「日本の台湾統治時代は三期に分けられるが、一九三七年から四五年までの第三期は皇民化の段階だった。つまり物心両面において、台湾人民はそれまでの思想や信仰はすべて放棄させられ、完全なる日本居民にさせられた。皇民化政策の下で中華文化の根は断ち切られようとしたのだ」と。

戦時中に台湾で行われた皇民化運動は、急進的な近代国民化運動。前近代的な文化、慣習は排斥対象となった
そして「五十年の殖民統治は受けたが、中華文化の根は断ち切られたことはない。どんなに時間をかけても、どんなに武力を用いても、去中国化(中国離れ)の企図は永遠に成功しない」と強調した。

王毅(右2)、陳雲林(右2)ら中国要人の前で反日・反台スピーチを行う連戦
■中国人が台湾の日本統治時代と現代を重ねる見る理由
ここで連戦が批判する「去中国化」は、実は日本時代の話ではなく今日の話だ。台湾人意識の高揚に伴う中国離れなど「成功しないぞ」と、台湾人を牽制しているのだ。
だからこそ王毅はこれを受ける形で、「両岸同胞は血脈が繋がっている。大陸と台湾は共同の家だ。両岸同胞が中華文化の民族精神を発揚できるよう願う」とアピールしている。
終戦後に台湾を占領した国民党の手を焼いたのが、台湾人の近代的な思想、教養、価値観だった。愚民統治しか知らない中国人支配者にとり、こうした高レベル文化は恐怖ですらあった。そして李登輝総統の台湾人政権が発足するや、その近代社会文化が基盤となって民主化が進み、中国離れが加速した。
このように中華文化を受け入れない台湾人を、中国人は日本の奴隷教育の結果、日本文化の遺毒のためだと考えているのだ。そこで台湾独立思想は「日本軍国主義に育てられた」だとか、「日本の殖民支配の復活を願うもの」だと言った批判を行うのである。連戦が「去中国化」を批判するに、日本統治時代と現在とを重ねて行うのもそのためだ。
しばしば中国人は親日的な台湾の年輩者を「皇民」と呼んで罵っている。また歴史教科書の正常化で、台湾史と関係のない「国父孫中山」から「国父」の尊称を外したり、「日拠時代」(日本の不法な占領)から「日治時代」(日本の合法的な統治)と正しただけで「皇民化運動」だと非難を浴びせた。

「親日」と言うより「反中」のため、中国人から最も「皇民」と罵倒される
のが李登輝氏(右)。学生時代に兄と
■日本人は統一反対をー台湾人は中国人とは民族性が違う
以上を見てもわかるだろう。台湾人と中国人との感性の異なりは、戦後の分断の状況以前のものなのだ。
日本統治時代において台湾ではすでに、中国の前近代文化(中華文化)とは異なる近代文化が持たれていた。よって政治宣伝で日本を憎む仇日意識を扶植しなければ人民を束ねることができないような中国とは違う。それに台湾人は元来、仇をとことん憎悪するような民族性を持っていない。
台湾人は漢民族の移民の子孫だとされるが、実際には漢民族に同化させられた原住民族の子孫である。明朗な海島民族で、閉塞的な大陸民族とは性格が根本的に違う。連戦は、台湾が日本統治下で海洋国家的な文明開化の時代を迎え、その中で清国統治時代以来の中華文化の影響が大きく払拭され、結果として今日の中国とは異質の先進的民主社会が形成されたのだが、連戦はそれを「去中国化」だと非難しているのである。

平地である西側着色のエリアに居住していた原住民が今の台湾人の先祖だ

漢民族に同化させられれる以前の台湾人。その明朗な性格が今日に受け継がれている
このように中国人たちが、「台湾の中国離れは日本の影響のためだ」と非難するなら、日本も台湾に歴史貢献を果たせたと言うわけで、日本人としては光栄なことだ。
さて、読売の記事は台湾と中国の「人々の感性が離れすぎては『統一』どころの話ではあるまい」と、中国の統一攻勢を皮肉るが、どうせならはっきりと「統一は不可能。台湾人に不幸をもたらすだけだ」と書いてほしかった。
戦後日本人の多くは、台湾と中国は同じ民族として一緒になるのが幸せだと愚かな誤解をしている。戦前は台湾人の皇民化を進めておきながら、今では台湾人のことをすっかり忘れているのだから、これでは誰からも尊敬も信頼もされないだろう。
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敗戦で引揚げる日本人男性が台湾人女性に宛てたラブレターを鍵に、現代の日台の若者の恋を描く台湾映画「海角七号」は同国で記録的ヒットとなったが、中国では「皇民化の影」ありとの理由で上映が中止となり、ネット上でも「日本の殖民地化を批判していない」と言った批判がでている、と報じるのが読売新聞に掲載された中国特派員の記事「中台の感性 大きな溝」だ。

この台中の異なりについて記事は次のように分析する。
「中台が1949年に国共によって分断されて60年。中国ではなお共産党の独裁が続くのに対し対し、台湾は20年前に民主化した。…一つは、画一的な対日認識が圧倒的な力を持つ中国と、多様な対日認識が当たり前となった台湾との体制の違いだ」
「分断と体制の違いで、中台の人々の感性は大きく隔たってしまったのではないかという気もする。政治優先で乾いた感覚の中国人、対人関係を重視し、ウエットな台湾人」
これによると、台湾人の感性と中国人の感性はもともと一致していたが、戦後の「分断」で異なるものになったと読み取れるが、果たしてそうだろうか。
これに関しては国民党の名誉主席、連戦が比較的に的を衝いた話をしている。
■台湾で中華文化を断ち切った皇民化政策
連戦は李登輝総統時代の副総統でありながら、二〇〇〇年の総統選挙で敗れて李登輝と袂を分かち、〇四年に再び落選すると、「聯共制台独」(共産党と組んで台湾独立を制止する)に道を選択して中国を訪問、国民党の中国への傾斜の道を切り開いたような人物だ。血統的には台湾人だが、戦時中に中国で生まれ、自分は中華民族だと誇っている。
彼の誇りは祖父の連横(雅堂、一八七八−一九三六)だ。この人は日本統治時代に漢文で『台湾通史』を著すなど、「抗日詩人」などと言われているが。もっとも同書には台湾総督や民政長官など、錚々たる日本人たちが題字を寄せており、「抗日」と言うより「御用学者」のようなところがある。論述にも誤りが多く、大した本ではない。その後、前時代的なアヘン吸引容認論を書いて非難を浴び、居辛くなって台湾を捨て、一九三三年に中国へ移住している。
胡散臭さはありながらも、こうした抗日=中華文化の台湾人は、「中国は一つ」の宣伝の上では格好の材料なのだろう。十二月十八日に、連横の記念館が浙江省杭州でオープンした。
開館式には台湾から連戦が参列した。台湾弁公室の王毅主任、海峡両岸関係協会の陳雲林会長、浙江省省委書記の趙洪祝なども参加した。
挨拶に立った連戦は祖父の中華文化への貢献を強調した後、こう述べた。
「日本の台湾統治時代は三期に分けられるが、一九三七年から四五年までの第三期は皇民化の段階だった。つまり物心両面において、台湾人民はそれまでの思想や信仰はすべて放棄させられ、完全なる日本居民にさせられた。皇民化政策の下で中華文化の根は断ち切られようとしたのだ」と。

戦時中に台湾で行われた皇民化運動は、急進的な近代国民化運動。前近代的な文化、慣習は排斥対象となった
そして「五十年の殖民統治は受けたが、中華文化の根は断ち切られたことはない。どんなに時間をかけても、どんなに武力を用いても、去中国化(中国離れ)の企図は永遠に成功しない」と強調した。

王毅(右2)、陳雲林(右2)ら中国要人の前で反日・反台スピーチを行う連戦
■中国人が台湾の日本統治時代と現代を重ねる見る理由
ここで連戦が批判する「去中国化」は、実は日本時代の話ではなく今日の話だ。台湾人意識の高揚に伴う中国離れなど「成功しないぞ」と、台湾人を牽制しているのだ。
だからこそ王毅はこれを受ける形で、「両岸同胞は血脈が繋がっている。大陸と台湾は共同の家だ。両岸同胞が中華文化の民族精神を発揚できるよう願う」とアピールしている。
終戦後に台湾を占領した国民党の手を焼いたのが、台湾人の近代的な思想、教養、価値観だった。愚民統治しか知らない中国人支配者にとり、こうした高レベル文化は恐怖ですらあった。そして李登輝総統の台湾人政権が発足するや、その近代社会文化が基盤となって民主化が進み、中国離れが加速した。
このように中華文化を受け入れない台湾人を、中国人は日本の奴隷教育の結果、日本文化の遺毒のためだと考えているのだ。そこで台湾独立思想は「日本軍国主義に育てられた」だとか、「日本の殖民支配の復活を願うもの」だと言った批判を行うのである。連戦が「去中国化」を批判するに、日本統治時代と現在とを重ねて行うのもそのためだ。
しばしば中国人は親日的な台湾の年輩者を「皇民」と呼んで罵っている。また歴史教科書の正常化で、台湾史と関係のない「国父孫中山」から「国父」の尊称を外したり、「日拠時代」(日本の不法な占領)から「日治時代」(日本の合法的な統治)と正しただけで「皇民化運動」だと非難を浴びせた。

「親日」と言うより「反中」のため、中国人から最も「皇民」と罵倒される
のが李登輝氏(右)。学生時代に兄と
■日本人は統一反対をー台湾人は中国人とは民族性が違う
以上を見てもわかるだろう。台湾人と中国人との感性の異なりは、戦後の分断の状況以前のものなのだ。
日本統治時代において台湾ではすでに、中国の前近代文化(中華文化)とは異なる近代文化が持たれていた。よって政治宣伝で日本を憎む仇日意識を扶植しなければ人民を束ねることができないような中国とは違う。それに台湾人は元来、仇をとことん憎悪するような民族性を持っていない。
台湾人は漢民族の移民の子孫だとされるが、実際には漢民族に同化させられた原住民族の子孫である。明朗な海島民族で、閉塞的な大陸民族とは性格が根本的に違う。連戦は、台湾が日本統治下で海洋国家的な文明開化の時代を迎え、その中で清国統治時代以来の中華文化の影響が大きく払拭され、結果として今日の中国とは異質の先進的民主社会が形成されたのだが、連戦はそれを「去中国化」だと非難しているのである。

平地である西側着色のエリアに居住していた原住民が今の台湾人の先祖だ

漢民族に同化させられれる以前の台湾人。その明朗な性格が今日に受け継がれている
このように中国人たちが、「台湾の中国離れは日本の影響のためだ」と非難するなら、日本も台湾に歴史貢献を果たせたと言うわけで、日本人としては光栄なことだ。
さて、読売の記事は台湾と中国の「人々の感性が離れすぎては『統一』どころの話ではあるまい」と、中国の統一攻勢を皮肉るが、どうせならはっきりと「統一は不可能。台湾人に不幸をもたらすだけだ」と書いてほしかった。
戦後日本人の多くは、台湾と中国は同じ民族として一緒になるのが幸せだと愚かな誤解をしている。戦前は台湾人の皇民化を進めておきながら、今では台湾人のことをすっかり忘れているのだから、これでは誰からも尊敬も信頼もされないだろう。
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