日本の台湾人殺戮「65万人」説を論破する
2008/07/22/Tue
■中国と抗日史観で歩調合せる国民党
SAPIO(七月二十三日号)に掲載されている櫻井よしこ氏の「『親日国家・台湾』の危機」は多くの日本人に読んでもらいたい論文だ。
それによると、台湾で五月二十日に誕生した国民党の馬英九政権は、六月十日の台湾遊漁船の沈没事故を受けて反日気運を高めたが、それは「中国に連動する人々が存在するから」で、一方中国も「台湾と協調して、対日共同戦線を構築したい考え」だ。しかし一般の台湾国民は、中国とは連動する気持ちはない。「対日強硬路線を許し日台関係を悪化させたことで、馬政権への支持率は急落した」と言うのが「その証拠」だと言う。しかしだからと言って今後ふたたび馬英九が「反日を煽るような行動や宣伝」を行うかも知れず、では日本人は「馬氏の暴走を阻止する」にはどうすればいいのかと、櫻井氏は問題提起している。
櫻井氏が懸念するのはもちろん、台湾(馬英九ら外省人=在台中国人)と中国との反日共同戦線の構築だ。これが行われては日本の安全保障は危機に瀕することになる。しかし台湾では「中国と共同歩調をとって日本と闘おうとの呼びかけが、公になされて」おり、「中国寄りのメディアが主流」を占めるなかで、この種の呼びかけが組織的に行われるとしたら、その顛末は極めて危惧するものになり得る」と強調する。

実際に「抗日戦争勝利六十年」に当たった二〇〇五年、野党当時の国民党は中国と反日共同歩調をとり、「台湾における抗日」を強調するキャンペーンを大々的に行った。「抗日戦争」当時、台湾人は日本国民であり、中国と戦う側にあったため、日本統治時代(一八九五〜一九四五)の五十一年間中に日本に反抗して殺された台湾人をあえて「中華民族の抗日英雄」に祭り上げ、民進党政権下での台湾人意識の高揚を抑止しよう試みたのだ。
■まったく根拠なき胡錦濤の「犠牲者六十五万人」説
その陣頭指揮を執ったのが馬英九主席(当時)で、数々の噴飯物の歴史捏造を公然と行っていたが、櫻井氏はそれにも言及して次のように語る。
「馬氏は『日本の台湾統治50年間で、計65万人余りの台湾人が殺害された』と明言した。もちろん、日本が台湾統治でこのような大量殺害を犯したことはない。日本統治時代を生きてきた多くの台湾人も皆一様に否定する」
「05年9月3日に、中国の胡錦濤国家主席が『日本が台湾を侵略占拠していた50年間、台湾同胞は絶えず反抗し、65万人が犠牲となった』と演説していた。馬氏は中国の国家主席の根拠もない政治的非難の数字を受け売りした疑いが濃いのである」
このように国共の中国人は、言わば「反日意識の扶植を以って台湾独立を制す(中国統一を促す)」の共同戦線をとっていたのだ。
たしかにこの年、国共ともども、日本の台湾人殺害「六十五万人」説を強調していたが、これは櫻井氏の指摘するごとく、まったく「根拠がない」ものだ。実は「六十〜六十五万人」説は台湾ではそれ以前から出されていたが、この数値の内訳について私はまだ知らない。
二〇〇五年に中国のメディアは次のように報じているが、やはり釈然としない。
「この五十年間の屈辱の歴史は、正に台湾同胞にとっては不撓不屈の反抗闘争史でもあった。最初の十年で、台湾同胞は奮起して反抗し、およそ十万人が侵略により、または反侵略の闘争で死んでいる。その後の十年で五十万人もの台湾同胞が日本人によって無残にも殺された。反日武装闘争は二十回にも及び、六十五万人が犠牲となった。粗略計算では日本占拠時代の全期間で約百万人以上の台湾同胞が闘争して犠牲となった」
要するにこの説は、御用学者か誰かが反日教育のため、適当に編み出したもので、最初から確たる内容などないのだろう。
■人口急増―安定していた日本時代の台湾
実際に日本統治時代には多くの台湾人が日本に闘争を挑み、鎮圧、殺害されている。最も戦闘が熾烈に展開されたのは、日清戦争の講和後、日本軍が台湾接収のため上陸し、全島を制圧するまでの五カ月間だろう。
当時の台湾社会を支配していたのは政府と匪賊で、清国軍はさっさと矛を収めて逃走したものの、匪賊は自らの縄張りを守るため、頑強に日本軍に抵抗した。そこで日本軍は精鋭部隊を以って殺戮を展開したが、殺せば殺すほど匪賊、住民は恐怖と憎悪でますます抵抗すると言う悲劇。その結果、この期間中に殺害された台湾人は、台湾総督府の記録だと「一万余人」だが、黄昭堂氏の『台湾民主国の研究』によると、「一万四千人に達したとみられ」るのだそうだ。
この数値だけでも、当時の人口が約二百六十万人だから、「犠牲者の比率は相当高いもの」となり、また日本人の戦死者はわずか九百二十一人だから、「日本兵士一人を殺すごとに台湾側は五十人の生命をもって償った」ことになるのだと言う。
その後も治安を確立するため、匪賊と言う不法集団や、平地人(日本人・台湾人)への攻撃を繰り返す山岳原住民の討伐が行われ、一九一九年の西来庵事件での叛徒鎮圧で大規模な「抗日闘争」は終止符を打たれたとされる。ちなみに西来庵事件は、やはり「中華民族の抗日事件」とされるが、実際には台湾のオウム真理教とも言うべき狂信的宗教集団の蜂起事件で、弁護士つきの正式な裁判により九十五名が処刑されている。
ただ原住民の反抗はその後も再燃し、一九三〇年には日本人百三十四人への無差別虐殺事件(霧社事件)が起こり、その結果約五百人原住民が殺害されている。彼らもまた「中華民族の抗日英雄」になっていることは言うまでもない。
ではこの五十一年間における「抗日」の犠牲者総数はと言うと、諸記録に照らせば、殺されたのは約三万人とするのが妥当らしい。これは一九四七年の二・二八事件で、国民党の中国人がわずか一ヶ月間で虐殺した台湾人(多くは無抵抗者)の数とほぼ同規模とも言われるし、それよりも少ないとも言われる。
実際には台湾社会は一九一〇年代に治安が確立され、近代社会が形成され、生活・教育水準が向上する中で台湾人の人口は急増し、一九〇五年の時点で三百五万五千四百六十一人だったものが、終戦直前の一九四三年には六百十三万三千八百六十七人に達している。
よって「抗日での犠牲者六十五万人」「台湾同胞百万人が殺された」などはとんでもない歴史改竄のウソなのだ。
■中国式歴史観を台湾から追放してもらおう
では「六十五万人」の数値を台湾人はどう受け取っているかと言えば、幸いなことに一般にはほとんど話題はなっていないようだ。だがもし今後、櫻井氏が懸念するように、外省人の政権、メディアが「組織的」に、そして巧妙に宣伝、教育を行った場合、日本に対する若者たちの不信感が高まらないはずがない。
かりに「六十五万人」説は簡単に論破できるとしても、次のようなデマはどうだろう。
「日本人は原住民に対し奪い尽くす、焼き尽くす、殺しつくすの三光政策・殺戮行為に及んだ。そのため原住民の人口は今日のように少数となったのだ」
これは戦時中、台湾原住民の戦死者を、侵略者の日本人とともに靖国神社で祀るのはけしからんとして、同神社を裁判で訴えると言う反日パフォーマンスで名を挙げた台湾の国会議員、高金素梅の巧妙な反日宣伝であるが、台湾人がこれを聞くと、みなそう信じ込んでしまうのだ。なぜなら二十代後半以上の台湾人は、国民党の中国人化教育のため、台湾の歴史を学んでおらず、知識がない。まして原住民の歴史となると、多くはまったく理解していない。

高金素梅が強調する日本の「原住民絶滅政策」は台湾では「史実」となっている
櫻井氏は「馬氏の暴走を阻止する」にはどうすればいいかについて、「草の根交流から日台関係をより発展させていくこと」を提案しているが、それは台湾人なら日本人と理解し合えるとの信念の上からの言葉だろう。そこで思うのは、そのように信頼し合える台湾人だからこそ、歴史の真実も語って行くべきだと言うことだ。では何をどう語るのか。要するに中国人の歴史観がいかに政治的に歪曲されたものであるかを伝えて行くのだ。
高金素梅のデマ宣伝に危機感を感じた私はかつて、台湾の新聞に投稿してこう訴えた。
「日本の三光政策とは中国人の宣伝用語で、そのようなものはなかった。一九〇五年の原住民人口は十一万三千人で、一九三四年は十四万八千人。一九四二年には十五万九千人に増加している」
その後、私のこの投稿が台湾のネットで少し話題になっていた。そして「実際に統計を見ると、この日本人の主張は正しいようだ」などと書き込まれていたので、とても嬉しかった。やはり台湾人は中国人や韓国人とは違うなと。
外省人政権が中国人政権であるかぎり、きっと歪曲された歴史観が提示されてくるはずだ。そのときは日本から、正確な歴史観をどんどん台湾人に発信して行ったらどうだろうか。
*********************************************

↑ ↑
よろしければクリックをお願いします。
運動を拡大したいので。
【お知らせ】 「台湾は日本の生命線!」メルマガ版を創刊
反中華覇権主義運動の一助たらんとさまざまな関連情報を配信しておりますので、同志同憂のご登録ならびにご指導をお願い申し上げます。
登録先・バックナンバー http://www.melma.com/backnumber_174014/
SAPIO(七月二十三日号)に掲載されている櫻井よしこ氏の「『親日国家・台湾』の危機」は多くの日本人に読んでもらいたい論文だ。
それによると、台湾で五月二十日に誕生した国民党の馬英九政権は、六月十日の台湾遊漁船の沈没事故を受けて反日気運を高めたが、それは「中国に連動する人々が存在するから」で、一方中国も「台湾と協調して、対日共同戦線を構築したい考え」だ。しかし一般の台湾国民は、中国とは連動する気持ちはない。「対日強硬路線を許し日台関係を悪化させたことで、馬政権への支持率は急落した」と言うのが「その証拠」だと言う。しかしだからと言って今後ふたたび馬英九が「反日を煽るような行動や宣伝」を行うかも知れず、では日本人は「馬氏の暴走を阻止する」にはどうすればいいのかと、櫻井氏は問題提起している。
櫻井氏が懸念するのはもちろん、台湾(馬英九ら外省人=在台中国人)と中国との反日共同戦線の構築だ。これが行われては日本の安全保障は危機に瀕することになる。しかし台湾では「中国と共同歩調をとって日本と闘おうとの呼びかけが、公になされて」おり、「中国寄りのメディアが主流」を占めるなかで、この種の呼びかけが組織的に行われるとしたら、その顛末は極めて危惧するものになり得る」と強調する。

実際に「抗日戦争勝利六十年」に当たった二〇〇五年、野党当時の国民党は中国と反日共同歩調をとり、「台湾における抗日」を強調するキャンペーンを大々的に行った。「抗日戦争」当時、台湾人は日本国民であり、中国と戦う側にあったため、日本統治時代(一八九五〜一九四五)の五十一年間中に日本に反抗して殺された台湾人をあえて「中華民族の抗日英雄」に祭り上げ、民進党政権下での台湾人意識の高揚を抑止しよう試みたのだ。
■まったく根拠なき胡錦濤の「犠牲者六十五万人」説
その陣頭指揮を執ったのが馬英九主席(当時)で、数々の噴飯物の歴史捏造を公然と行っていたが、櫻井氏はそれにも言及して次のように語る。
「馬氏は『日本の台湾統治50年間で、計65万人余りの台湾人が殺害された』と明言した。もちろん、日本が台湾統治でこのような大量殺害を犯したことはない。日本統治時代を生きてきた多くの台湾人も皆一様に否定する」
「05年9月3日に、中国の胡錦濤国家主席が『日本が台湾を侵略占拠していた50年間、台湾同胞は絶えず反抗し、65万人が犠牲となった』と演説していた。馬氏は中国の国家主席の根拠もない政治的非難の数字を受け売りした疑いが濃いのである」
このように国共の中国人は、言わば「反日意識の扶植を以って台湾独立を制す(中国統一を促す)」の共同戦線をとっていたのだ。
たしかにこの年、国共ともども、日本の台湾人殺害「六十五万人」説を強調していたが、これは櫻井氏の指摘するごとく、まったく「根拠がない」ものだ。実は「六十〜六十五万人」説は台湾ではそれ以前から出されていたが、この数値の内訳について私はまだ知らない。
二〇〇五年に中国のメディアは次のように報じているが、やはり釈然としない。
「この五十年間の屈辱の歴史は、正に台湾同胞にとっては不撓不屈の反抗闘争史でもあった。最初の十年で、台湾同胞は奮起して反抗し、およそ十万人が侵略により、または反侵略の闘争で死んでいる。その後の十年で五十万人もの台湾同胞が日本人によって無残にも殺された。反日武装闘争は二十回にも及び、六十五万人が犠牲となった。粗略計算では日本占拠時代の全期間で約百万人以上の台湾同胞が闘争して犠牲となった」
要するにこの説は、御用学者か誰かが反日教育のため、適当に編み出したもので、最初から確たる内容などないのだろう。
■人口急増―安定していた日本時代の台湾
実際に日本統治時代には多くの台湾人が日本に闘争を挑み、鎮圧、殺害されている。最も戦闘が熾烈に展開されたのは、日清戦争の講和後、日本軍が台湾接収のため上陸し、全島を制圧するまでの五カ月間だろう。
当時の台湾社会を支配していたのは政府と匪賊で、清国軍はさっさと矛を収めて逃走したものの、匪賊は自らの縄張りを守るため、頑強に日本軍に抵抗した。そこで日本軍は精鋭部隊を以って殺戮を展開したが、殺せば殺すほど匪賊、住民は恐怖と憎悪でますます抵抗すると言う悲劇。その結果、この期間中に殺害された台湾人は、台湾総督府の記録だと「一万余人」だが、黄昭堂氏の『台湾民主国の研究』によると、「一万四千人に達したとみられ」るのだそうだ。
この数値だけでも、当時の人口が約二百六十万人だから、「犠牲者の比率は相当高いもの」となり、また日本人の戦死者はわずか九百二十一人だから、「日本兵士一人を殺すごとに台湾側は五十人の生命をもって償った」ことになるのだと言う。
その後も治安を確立するため、匪賊と言う不法集団や、平地人(日本人・台湾人)への攻撃を繰り返す山岳原住民の討伐が行われ、一九一九年の西来庵事件での叛徒鎮圧で大規模な「抗日闘争」は終止符を打たれたとされる。ちなみに西来庵事件は、やはり「中華民族の抗日事件」とされるが、実際には台湾のオウム真理教とも言うべき狂信的宗教集団の蜂起事件で、弁護士つきの正式な裁判により九十五名が処刑されている。
ただ原住民の反抗はその後も再燃し、一九三〇年には日本人百三十四人への無差別虐殺事件(霧社事件)が起こり、その結果約五百人原住民が殺害されている。彼らもまた「中華民族の抗日英雄」になっていることは言うまでもない。
ではこの五十一年間における「抗日」の犠牲者総数はと言うと、諸記録に照らせば、殺されたのは約三万人とするのが妥当らしい。これは一九四七年の二・二八事件で、国民党の中国人がわずか一ヶ月間で虐殺した台湾人(多くは無抵抗者)の数とほぼ同規模とも言われるし、それよりも少ないとも言われる。
実際には台湾社会は一九一〇年代に治安が確立され、近代社会が形成され、生活・教育水準が向上する中で台湾人の人口は急増し、一九〇五年の時点で三百五万五千四百六十一人だったものが、終戦直前の一九四三年には六百十三万三千八百六十七人に達している。
よって「抗日での犠牲者六十五万人」「台湾同胞百万人が殺された」などはとんでもない歴史改竄のウソなのだ。
■中国式歴史観を台湾から追放してもらおう
では「六十五万人」の数値を台湾人はどう受け取っているかと言えば、幸いなことに一般にはほとんど話題はなっていないようだ。だがもし今後、櫻井氏が懸念するように、外省人の政権、メディアが「組織的」に、そして巧妙に宣伝、教育を行った場合、日本に対する若者たちの不信感が高まらないはずがない。
かりに「六十五万人」説は簡単に論破できるとしても、次のようなデマはどうだろう。
「日本人は原住民に対し奪い尽くす、焼き尽くす、殺しつくすの三光政策・殺戮行為に及んだ。そのため原住民の人口は今日のように少数となったのだ」
これは戦時中、台湾原住民の戦死者を、侵略者の日本人とともに靖国神社で祀るのはけしからんとして、同神社を裁判で訴えると言う反日パフォーマンスで名を挙げた台湾の国会議員、高金素梅の巧妙な反日宣伝であるが、台湾人がこれを聞くと、みなそう信じ込んでしまうのだ。なぜなら二十代後半以上の台湾人は、国民党の中国人化教育のため、台湾の歴史を学んでおらず、知識がない。まして原住民の歴史となると、多くはまったく理解していない。

高金素梅が強調する日本の「原住民絶滅政策」は台湾では「史実」となっている
櫻井氏は「馬氏の暴走を阻止する」にはどうすればいいかについて、「草の根交流から日台関係をより発展させていくこと」を提案しているが、それは台湾人なら日本人と理解し合えるとの信念の上からの言葉だろう。そこで思うのは、そのように信頼し合える台湾人だからこそ、歴史の真実も語って行くべきだと言うことだ。では何をどう語るのか。要するに中国人の歴史観がいかに政治的に歪曲されたものであるかを伝えて行くのだ。
高金素梅のデマ宣伝に危機感を感じた私はかつて、台湾の新聞に投稿してこう訴えた。
「日本の三光政策とは中国人の宣伝用語で、そのようなものはなかった。一九〇五年の原住民人口は十一万三千人で、一九三四年は十四万八千人。一九四二年には十五万九千人に増加している」
その後、私のこの投稿が台湾のネットで少し話題になっていた。そして「実際に統計を見ると、この日本人の主張は正しいようだ」などと書き込まれていたので、とても嬉しかった。やはり台湾人は中国人や韓国人とは違うなと。
外省人政権が中国人政権であるかぎり、きっと歪曲された歴史観が提示されてくるはずだ。そのときは日本から、正確な歴史観をどんどん台湾人に発信して行ったらどうだろうか。
*********************************************

↑ ↑
よろしければクリックをお願いします。
運動を拡大したいので。
【お知らせ】 「台湾は日本の生命線!」メルマガ版を創刊
反中華覇権主義運動の一助たらんとさまざまな関連情報を配信しておりますので、同志同憂のご登録ならびにご指導をお願い申し上げます。
登録先・バックナンバー http://www.melma.com/backnumber_174014/



