日経―中国の観点で報じる台湾総統選挙の動向
2015/06/12/Fri
■民進党候補の訪米に苛立ちを隠さない中国
台湾では来年一月十六日に総統選挙が行われるが、現在注目されるのは、最大野党の民進党が、過度な中国迎合政策で支持率が低迷する与党国民党から政権奪取の勢いを見せていることだ。
民進党はすでに四月、蔡英文主席を公認候補に決定しているが、国民党はいまだ候補者を選べない混迷状態にある。
これに苛立ちを隠せないのが、台湾の併呑を目指す中共だ。民進党は国民党と異なり、台湾は独立した主権国家であるとして、「一つの中国」(台湾は中国の一部)を認めていない。
五月末から六月上旬にかけ、蔡英文氏が訪米。将来の「民進党政権」は中国を刺激し、緊張を高めかねないとの米国の懸念を払拭し、米政府、政界の支持を取り付けようと図ったが、この時も中国側の反発は激しかった。
■中国駐米大使―台湾総統候補に傲慢な恫喝
たとえばあの国の崔天凱駐米大使は六月二日、メディアに対して次のように述べている。
「蔡英文は米国の面接試験を受けにきたと言われるが、なぜ外国人の面接を受け、対岸の同胞には何も言わないのか。まず十三億人の中国人民による試験を受けるべきだ」

訪米した蔡英文に「13億人による試験を受けるべきだ」とした中国側の傲慢、不当な恫喝は、台湾で大きな反発を呼んだ
「中国はあらゆる台湾独立の動きに対し、極めて警戒している。我々は台独の傾向を持ついかなる人物の米国での活動に反対し、彼らに活動の舞台を提供することにも反対する」
「蔡英文はなぜ一つの中国の原則を受け入れないのか」
ここで言う「十三億人の中国人民」とは、「十三億人」を代表する中共のこと。蔡英文は「一つの中国」を認め、中共の「試験」に合格し、「台湾地区の指導者」候補になる許可を受けよということだ。いつもながらの恫喝である。
■日本メディアの所謂「台湾独立」とはどこからの独立?
これに対して蔡英文は、「今回の訪米は面接試験ではなく、台湾人が永遠に民主、自由の生活を守り、台湾海峡の平和と安定を守る責任と決意を伝えるためのもの」と反論し、「私の試験官は二千三百万人の台湾人民だけだ」と強調している。

米国で「私の試験官は2300万人の台湾人民だけ」と反論する蔡英文
実際に「十三億人民による試験」(選挙)を受けるべきは、中共の指導者たちだろう。
ところで蔡英文は中国が警戒する如く、「台湾独立の動き」を見せているのだろうか。
たしかに日本のメディア各社も今回、「台湾独立志向の強い民進党」などと、「台湾独立」を同党の枕詞のように多用したが、それが何からの独立を意味するのかが、必ずしもよくわからない。
■「中華人民共和国からの台湾独立」問題は存在しえない
そもそも「台湾独立」とは、戦後外来の中華民国体制からの台湾人の独立を指す。しばしば中華人民共和国からの分離独立と誤解されるが、同国は台湾を領有しておらず、実際にそこを支配したこともない。
ちなみに民進党は一九九一年に採択した党綱領で、新憲法制定による中華民国憲法体制からの脱却と台湾共和国の建国という主張を打ち出している。そのためこの綱領は「台独綱領」とも呼ばれ、同党は台湾独立派の政党と目されて来た。
だが、その後の一九九九年に可決した台湾前途決議文で、「台湾は主権独立国家であり、現行憲法により中華民国と称する」とし、中華民国を独立国家として容認し、台湾の独立建国の主張を棚上げしている。
そのため蔡英文も今回の米国滞在中は、「中華民国の現行の憲政体制下で両岸(台中)関係を推進する」と表明している。完全なる「独立志向」の封印ではないか。
■「統一」に応じないことが「独立」と断罪する中国
それでありながら、中国がなおも蔡英文、民進党を「台湾独立」勢力と看做し、批判を加えるのはなぜかと言えば、それが中華人民共和国からの「独立」を図っていると看做すからだ。
言うまでもなく中国は、「台湾は中華人民共和国の神聖なる領土の一部分。祖国統一の大業の完成は台湾同胞を含む全中国人民の神聖なる職責である」(中華人民共和国憲法前文)と断じる国家である。「統一」に応じないことは、不法な「独立」と位置付けられるわけだ。
こうした虚構の主張を正当化するため、中国が行うのがさまざまな虚構宣伝だ。
■中国が定義の「台湾独立」に惑わされていないか
たとえば六月三日、中国で台湾政策を担う国務院台湾事務弁公室の馬暁光報道官は、米国で「安定し持続可能な両岸関係を築く」と表明した蔡英文に対し、次のような警告を発した。
「台独に反対し、九二年コンセンサス(「一つの中国」の合意)を堅持することが両岸関係の平和的発展の基礎である。この基礎を否定し、引き続き『一辺一国』(台湾と中国は別々の国)という台独分裂の立場を堅持するなら、両岸関係を打開することはできない」
つまり中国が言にとって、台湾側が「一つの中国」の原則を否定し、台湾と中国はそれぞれ異なる主権国家であるとの現状を認めることすら、「台湾独立」の動きとなってしまうのである。
そしてこれを断じて許容せず、いざとなれば武力行使も辞さないとの恫喝を、台湾に対して繰り広げて来たわけだ。
こうした誤った「台湾独立」の定義に基づき、民進党を台中間の緊張を高めるトラブルメーカーに仕立て上げるのが中国の宣伝工作なのだが、もしやこうしたものに、日本のメディア各社は惑わされてはいないか。
■中国の「台独」定義を踏襲する日経の報道
どうもそうらしい、と疑いたくなるのに日本経済新聞がある。
たとえば同紙は五月十三日、次のように報じている。
―――(国台弁の)范麗青報道官は13日の記者会見で、(中略)蔡英文主席が5月末から米国を訪問することについて「我々はいかなる人が、いかなる形であろうと、国際的に台湾独立の分裂活動を行うことに断固反対する」と述べた。民進党が米国で台湾独立を志向する自らの政策への理解を求めることをけん制する発言だ。
日経は蔡英文が「米国で台湾独立を志向する自らの政策への理解を求める」と予測していたわけだが、この「台湾独立」などは、明らかに中国が定義するそれだろう。
つまり「民進党は中華人民共和国からの独立を志向している」と言っているのだ。まるで蔡英文が訪米し、一方的に緊張を高めようとしているかのような印象すらもたらす。
■ただちに記事の誤りを認めた日経だが…
そこで私は日経の読者センターに電話し、この記事の誤りを指摘したところ、応対した職員も、「ご指摘はよくわかる。これが中国側の発言の引用であるなら括弧を付けるべきだった」として、直ちに間違いを認めた。

中国の宣伝そのままに、民進党の政策を「中華人民共和国からの台湾独立」と説明した日経の記事。日経も誤報であることを認めたが…
しかしこの記事は中国総局が書いたものだ。中国専門の記者の手になる以上、うっかりミスではあるまい。つまり敢えて行った、中国の宣伝への迎合と思わざるを得ないのだ。
実は日経は昨年十二月十四日、台湾の統一地方選挙で国民党が惨敗したことを受け、「地方選が変える台湾の針路」と題する社説を掲げ、ここでも気になることを書いていた。次の辺りだ。
―――対中接近に慎重な最大野党の民進党は「歴史的」と評される躍進を果たした。蔡英文主席は次期総統選の最有力候補として足場を一段と強固にしたといえる。
―――台湾の独立を望む支持者が多い民進党は、国民党とは逆の意味で対中政策を不安視されている。16年までに説得力のある対中政策を練り上げる必要がある。
■台湾の主権の自己否定を要求していいのか
要するに、早くも民進党に対し、日経自身も牽制を行っているのである。中国を刺激しない「対中政策を練り上げろ」と。
「民進党政権」が誕生し、中国との関係を安定させるためには、同党が「台独に反対し、九二年コンセンサスを堅持する」こと、つまり台湾が主権国家であることを自己否定する以外にないわけだが、日経はそれをやれと求めたのである。
民主主義国家である日本のマスメディアなら、こういったことは書いてはならない。
疑わしきは日経だけではない。蔡英文=民進党を「台湾独立志向が強い」と伝える他のメディアの、今後の台湾総統選挙関連の報道に媚中誤報が含まれていないかチェックが必要だ。
【過去の関連記事】
2016台湾総統選挙―民進党と親中・国民党の「対中関係」定義の異なり 15/06/11
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-2580.html
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台湾では来年一月十六日に総統選挙が行われるが、現在注目されるのは、最大野党の民進党が、過度な中国迎合政策で支持率が低迷する与党国民党から政権奪取の勢いを見せていることだ。
民進党はすでに四月、蔡英文主席を公認候補に決定しているが、国民党はいまだ候補者を選べない混迷状態にある。
これに苛立ちを隠せないのが、台湾の併呑を目指す中共だ。民進党は国民党と異なり、台湾は独立した主権国家であるとして、「一つの中国」(台湾は中国の一部)を認めていない。
五月末から六月上旬にかけ、蔡英文氏が訪米。将来の「民進党政権」は中国を刺激し、緊張を高めかねないとの米国の懸念を払拭し、米政府、政界の支持を取り付けようと図ったが、この時も中国側の反発は激しかった。
■中国駐米大使―台湾総統候補に傲慢な恫喝
たとえばあの国の崔天凱駐米大使は六月二日、メディアに対して次のように述べている。
「蔡英文は米国の面接試験を受けにきたと言われるが、なぜ外国人の面接を受け、対岸の同胞には何も言わないのか。まず十三億人の中国人民による試験を受けるべきだ」

訪米した蔡英文に「13億人による試験を受けるべきだ」とした中国側の傲慢、不当な恫喝は、台湾で大きな反発を呼んだ
「中国はあらゆる台湾独立の動きに対し、極めて警戒している。我々は台独の傾向を持ついかなる人物の米国での活動に反対し、彼らに活動の舞台を提供することにも反対する」
「蔡英文はなぜ一つの中国の原則を受け入れないのか」
ここで言う「十三億人の中国人民」とは、「十三億人」を代表する中共のこと。蔡英文は「一つの中国」を認め、中共の「試験」に合格し、「台湾地区の指導者」候補になる許可を受けよということだ。いつもながらの恫喝である。
■日本メディアの所謂「台湾独立」とはどこからの独立?
これに対して蔡英文は、「今回の訪米は面接試験ではなく、台湾人が永遠に民主、自由の生活を守り、台湾海峡の平和と安定を守る責任と決意を伝えるためのもの」と反論し、「私の試験官は二千三百万人の台湾人民だけだ」と強調している。

米国で「私の試験官は2300万人の台湾人民だけ」と反論する蔡英文
実際に「十三億人民による試験」(選挙)を受けるべきは、中共の指導者たちだろう。
ところで蔡英文は中国が警戒する如く、「台湾独立の動き」を見せているのだろうか。
たしかに日本のメディア各社も今回、「台湾独立志向の強い民進党」などと、「台湾独立」を同党の枕詞のように多用したが、それが何からの独立を意味するのかが、必ずしもよくわからない。
■「中華人民共和国からの台湾独立」問題は存在しえない
そもそも「台湾独立」とは、戦後外来の中華民国体制からの台湾人の独立を指す。しばしば中華人民共和国からの分離独立と誤解されるが、同国は台湾を領有しておらず、実際にそこを支配したこともない。
ちなみに民進党は一九九一年に採択した党綱領で、新憲法制定による中華民国憲法体制からの脱却と台湾共和国の建国という主張を打ち出している。そのためこの綱領は「台独綱領」とも呼ばれ、同党は台湾独立派の政党と目されて来た。
だが、その後の一九九九年に可決した台湾前途決議文で、「台湾は主権独立国家であり、現行憲法により中華民国と称する」とし、中華民国を独立国家として容認し、台湾の独立建国の主張を棚上げしている。
そのため蔡英文も今回の米国滞在中は、「中華民国の現行の憲政体制下で両岸(台中)関係を推進する」と表明している。完全なる「独立志向」の封印ではないか。
■「統一」に応じないことが「独立」と断罪する中国
それでありながら、中国がなおも蔡英文、民進党を「台湾独立」勢力と看做し、批判を加えるのはなぜかと言えば、それが中華人民共和国からの「独立」を図っていると看做すからだ。
言うまでもなく中国は、「台湾は中華人民共和国の神聖なる領土の一部分。祖国統一の大業の完成は台湾同胞を含む全中国人民の神聖なる職責である」(中華人民共和国憲法前文)と断じる国家である。「統一」に応じないことは、不法な「独立」と位置付けられるわけだ。
こうした虚構の主張を正当化するため、中国が行うのがさまざまな虚構宣伝だ。
■中国が定義の「台湾独立」に惑わされていないか
たとえば六月三日、中国で台湾政策を担う国務院台湾事務弁公室の馬暁光報道官は、米国で「安定し持続可能な両岸関係を築く」と表明した蔡英文に対し、次のような警告を発した。
「台独に反対し、九二年コンセンサス(「一つの中国」の合意)を堅持することが両岸関係の平和的発展の基礎である。この基礎を否定し、引き続き『一辺一国』(台湾と中国は別々の国)という台独分裂の立場を堅持するなら、両岸関係を打開することはできない」
つまり中国が言にとって、台湾側が「一つの中国」の原則を否定し、台湾と中国はそれぞれ異なる主権国家であるとの現状を認めることすら、「台湾独立」の動きとなってしまうのである。
そしてこれを断じて許容せず、いざとなれば武力行使も辞さないとの恫喝を、台湾に対して繰り広げて来たわけだ。
こうした誤った「台湾独立」の定義に基づき、民進党を台中間の緊張を高めるトラブルメーカーに仕立て上げるのが中国の宣伝工作なのだが、もしやこうしたものに、日本のメディア各社は惑わされてはいないか。
■中国の「台独」定義を踏襲する日経の報道
どうもそうらしい、と疑いたくなるのに日本経済新聞がある。
たとえば同紙は五月十三日、次のように報じている。
―――(国台弁の)范麗青報道官は13日の記者会見で、(中略)蔡英文主席が5月末から米国を訪問することについて「我々はいかなる人が、いかなる形であろうと、国際的に台湾独立の分裂活動を行うことに断固反対する」と述べた。民進党が米国で台湾独立を志向する自らの政策への理解を求めることをけん制する発言だ。
日経は蔡英文が「米国で台湾独立を志向する自らの政策への理解を求める」と予測していたわけだが、この「台湾独立」などは、明らかに中国が定義するそれだろう。
つまり「民進党は中華人民共和国からの独立を志向している」と言っているのだ。まるで蔡英文が訪米し、一方的に緊張を高めようとしているかのような印象すらもたらす。
■ただちに記事の誤りを認めた日経だが…
そこで私は日経の読者センターに電話し、この記事の誤りを指摘したところ、応対した職員も、「ご指摘はよくわかる。これが中国側の発言の引用であるなら括弧を付けるべきだった」として、直ちに間違いを認めた。

中国の宣伝そのままに、民進党の政策を「中華人民共和国からの台湾独立」と説明した日経の記事。日経も誤報であることを認めたが…
しかしこの記事は中国総局が書いたものだ。中国専門の記者の手になる以上、うっかりミスではあるまい。つまり敢えて行った、中国の宣伝への迎合と思わざるを得ないのだ。
実は日経は昨年十二月十四日、台湾の統一地方選挙で国民党が惨敗したことを受け、「地方選が変える台湾の針路」と題する社説を掲げ、ここでも気になることを書いていた。次の辺りだ。
―――対中接近に慎重な最大野党の民進党は「歴史的」と評される躍進を果たした。蔡英文主席は次期総統選の最有力候補として足場を一段と強固にしたといえる。
―――台湾の独立を望む支持者が多い民進党は、国民党とは逆の意味で対中政策を不安視されている。16年までに説得力のある対中政策を練り上げる必要がある。
■台湾の主権の自己否定を要求していいのか
要するに、早くも民進党に対し、日経自身も牽制を行っているのである。中国を刺激しない「対中政策を練り上げろ」と。
「民進党政権」が誕生し、中国との関係を安定させるためには、同党が「台独に反対し、九二年コンセンサスを堅持する」こと、つまり台湾が主権国家であることを自己否定する以外にないわけだが、日経はそれをやれと求めたのである。
民主主義国家である日本のマスメディアなら、こういったことは書いてはならない。
疑わしきは日経だけではない。蔡英文=民進党を「台湾独立志向が強い」と伝える他のメディアの、今後の台湾総統選挙関連の報道に媚中誤報が含まれていないかチェックが必要だ。
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2016台湾総統選挙―民進党と親中・国民党の「対中関係」定義の異なり 15/06/11
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