映画「KANO」-日本人の喝采を罵倒する中国人と台湾人の反撃 (附:台湾チャンネル第22回動画)
2014/03/14/Fri
日本人監督の特訓を受け、一九三一年に台湾代表として甲子園に出場し、準優勝を果たした嘉義農林学校の野球チームの実話を基にした台湾映画「KANO」が、同国で大ヒット上映中である。日本統治下の台湾人の活躍、栄光を描いているのだから、感動が広がるのもよく理解できる。
日本でも先頃、大阪の映画祭でも上映され、拍手が鳴りやまなかった。

台湾で大ヒット中の「KANO」は大阪アジアン映画祭でもオ
ープニング上映。観客の拍手喝采を浴びた
しかし国民党が持つ中国人的価値観から見ると、こうした台湾人意識を高揚させる内容の作品は実に好ましくない。しかしだからといって台湾人有権者の手前、そのこと自体を批判するのは難しい。そこで在台中国人の間からは、その代用として「親日」「媚日」「殖民地美化」といった批判を上映前から噴出している。
実に頓珍漢な批判に聞こえるが、しかし中国人の言い分にも一理ある。
つまり「抗日」内容でない限り、それは「媚日」、つまり「中国人意識の欠如」の作品というのが彼らの思考なのだ。実際にはその通りだろう。
中国人たちの批判のターゲットになっているのがプロデューサーを務めた魏徳聖氏だ。同氏は日本でも「海角七号」「セデック・バレ」の監督として知られている。
たとえば三月十二日、ネット上で筆者不詳の作品批判の一文が発表され話題になった。作品を歴史改竄と極め付け、政治色濃厚の内容だと極め付ける一方で、魏徳聖氏を媚日と罵る内容なのだが、たちまち全国からの批判に曝された。あるネットユーザーがそのIPアドレスを調べたところ、発信源が行政院研究発展考核委員会(政策の計画立案を行う機関)であることを突き止め、これが一種のお笑いニュースになっている。
さらにもっと話題になっているのが十一日に国民党寄りの日刊紙「中国時報」と「聯合報」がそれぞれ掲載した批判文である。
中国時報のそれは「KANOで歴史に立ち返る?選択性の健忘症だ!」と題するもので、寄稿者は陳錦謀という水産養殖業者。
他方、聯合報のそれは「あなたはKANOした?私は沈黙する…」と題するもので、寄稿者は厳子林という雲林県口湖在住の水産養殖業者。
内容は同一で、両者の違いはタイトルと寄稿者名のみで内容は同一。それを以下に抄訳してみよう。

中国時報(左)と聯合報(右)に載った同一内容の寄稿文。「KANO」と日本人を批判している
―――あなたは「KANO」した?魏徳聖が脚本、プロデュースを担当した映画「KANO」の名は、すでに友人、同僚間の挨拶で動詞となっている。
―――この作品が大阪でのアジアン映画祭でオープニング上映され、終了後に観客は総立ちとなって二度にわたり、合わせて十分間も拍手を送ったと報じられたため、私は映画館に足を運んだが、満席の観客は誰も拍手を送っていない。隣の若い夫婦は静かに上着を着て、作品については何も語っていなかったし、二人の子供も興奮していなかった。
―――小雨の降る中、帰途につきながら、何とも言えない重い気持ちに見舞われた。そしてネットで魏徳聖のインタビュー記事を読んでみたが、彼は「『KANO』は過去の時代に立ち戻り、決してあきらめないスポーツマン精神、そして異なる種族が協力することの価値を強調したかった」と言っている。私は心の中で、「KANO」はもともと日本人に見せるためのものだったのだと思った。
―――「KANO」はまた一九九二年からのボスニア内戦を思い出させた。私のボスニアのセルビア系の友人は戦争当時故郷へ逃げ、二十年後に首都のサラエボに戻ったが、その時に見たものはボスニア人とサラエボ人が、戦前と同様に恨みもなく尊重し合い、まるで戦争がなかったかのように平和に暮らしていることだった。友人は私に言った。「これは一種の集団的選択性の健忘現象だ。戦争とはあまりに残酷で、人道に反するものだからだ」と。
―――「KANO」の手法もまさに選択性の健忘である。私の九十四歳の母が常に日本殖民時代の「夜不閉戸」(夜も戸締りしないほど治安が良い)の善政を懐かしみながら、「泥棒を捉えればその手を切り落とす」という残酷なやり方にはめったに批判しないのと同じである。
―――私は思わず自問した。「日本の観衆は映画を称えるが、それではどのように異族殖民の歴史に立ち戻る台湾人を看るのだろうか」と。そして、なぜ映画が終わると台湾の観客は静かに帰って行ったのかをついに理解した。「それもまた一つの選択だったのではないか。沈黙の中での重い選択だったのでは」と。
実に中身のない、悪意に満ちた内容である。もちろんこれも人々の怒りを買った。「日本人に見せるためのもの」などと書けば、作品を支持する台湾人に対し、「媚日だ」と侮辱するに等しい。
ネット上では「『私にも九十四歳の母がいるが、泥棒の手を断ちきった』という話など聞いたことがない」との反論も見られた。
同じく「小雨の降る中、帰途につき」とあるが寄稿者の住む雲林県口湖から最寄りの映画館は三十キロ以上離れているとか、作品が封切られてから雲林県では雨が降っていないといった「調査結果」まで出された。
つまり多くの人々が、これらの文章を「養殖業者」を騙った中国人勢力の宣伝謀略だと疑い、それを暴こうと躍起になったのだ。
そしてさらに新たな疑惑が。寄稿者がこの二紙の常連寄稿者である龍応台・文化部長(文化相)ではないかと騒がれているのだ。文体や内容から見てもそう感じられるし、実際に彼女は二月に行った講演でボスニア内戦に言及しているのだとか。
彼女は著名な中国人作家でもある。それほどの人がこうした浅薄な文章を書くのだろうかとも思うが、しかしたしかに格調の低さは中国人作家にはよく見られるものだ。

龍応台文化部長。「KANO」批判の疑惑が持たれるが
十三日に開かれた国会の教育文化委員会では民進党議員が本人の前でこの疑惑を追及したのだが、彼女は「作品を見たこともない」と否定した。
しかし多くの人々は、それを信用しようとしない。つまりそれほど国民党の中国人による台湾人の「媚日」批判に憤っているのである。あるいはこの勢力の「反台親中」、そしてさらに言えば、それと同義語に受け取れる「反日」が許せない。
なお魏徳聖氏はこうした「媚日」批判に関し、こう述べている。
「全ての人の言論の自由を尊重する。もし映画を見て不愉快になったら謝る。しかし大部分の人には納得してもらっている」

中国人から「媚日」と批判される魏徳聖氏。しかし台湾人の多くは彼を支持する
まったくそのとおりである。中国人の「反台」「反日」の言論には呆れるばかりだが、しかしこうした中国人意識、中国民族主義が台湾の政権、メディアを握り、良識ある人々の上に君臨しているというのが台湾の現状なのである。
そしてだからこそ台湾人はそれに不満を募らせ、「KANOしたか?」を合言葉にしているのかも知れない。
【過去の関連記事】
期待の台湾映画「KANO」/台湾の栄光!甲子園で準優勝に輝いた日本時代の嘉義農林チームを描く(附:感動的な予告編映像)14/03/04
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-2319.html
日本美化?台湾映画「KANO」を憎悪する中華民族主義の反日狂気 14/03/05
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-2320.html
トヨタの感動広告「台湾精神を断固支持する!」 (附:台湾チャンネル第21回動画)14/03/07
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-2321.html
*******************************************
ブログランキング参加中
運動を拡大したいので、
よろしければクリックをお願いします。
↓↓

モバイルはこちら → http://blog.with2.net/link.php
link.php
メルマガ版「台湾は日本の生命線!」のご案内
ブログ掲載記事や活動情報などを毎日配信中。是非お読みください。
登録(無料)→http://melma.com/backnumber_174014/
【台湾チャンネル】第22回、検証-終戦直後の228事件での中国軍の台湾人大量虐殺[桜H26/3/13]
http://youtu.be/LlcNjzoyoSM
公開日: 2014/03/13
台湾では今年も二・二八平和記念日を迎えました。終戦直後の1947年、法的にはまだ日本領土だった台湾で発生した二・二八事件は、中国軍(国民党軍)と台湾住民の抗争事件、または中国軍による台湾住民への大量虐殺事件ですが、日本ではあまりよく知られていません。そこで今回は事件の原因、経緯、その後の影響を検証し、台湾人の文化や生命観における中国との隔たり、そして日本との近さを明らかにするとともに、将来中国共産党による「第二の二・二八事件」が勃発する可能性について考えます。キャスター:永山英樹・謝恵芝
【見證-終戰隨後爆發之中國軍大量虐殺台灣人的228事件】
本節目使用日語和台灣的語言, 傳播日本與台灣之間的交流情報。第22集, 今年同樣令人傷痛的台灣228和平紀念日過去了。終戰隨後的1947年, 在當時還是日本領土的台灣, 爆發了中國軍(國民黨軍)與台灣住民之間的抗爭事件, 中國軍大量虐殺(日籍)台灣人的這場228事件, 在日本卻鮮為人知。因此, 節目中除了見證事件的原因、經過及後續造成之影響, 也明白解析台灣人的文化、生命觀與中國間的差距及與日本間的親近, 並推測將來由中國共產黨引發之「第二的228事件」爆發的可能性。主播: 永山英樹˙謝惠芝
日本でも先頃、大阪の映画祭でも上映され、拍手が鳴りやまなかった。

台湾で大ヒット中の「KANO」は大阪アジアン映画祭でもオ
ープニング上映。観客の拍手喝采を浴びた
しかし国民党が持つ中国人的価値観から見ると、こうした台湾人意識を高揚させる内容の作品は実に好ましくない。しかしだからといって台湾人有権者の手前、そのこと自体を批判するのは難しい。そこで在台中国人の間からは、その代用として「親日」「媚日」「殖民地美化」といった批判を上映前から噴出している。
実に頓珍漢な批判に聞こえるが、しかし中国人の言い分にも一理ある。
つまり「抗日」内容でない限り、それは「媚日」、つまり「中国人意識の欠如」の作品というのが彼らの思考なのだ。実際にはその通りだろう。
中国人たちの批判のターゲットになっているのがプロデューサーを務めた魏徳聖氏だ。同氏は日本でも「海角七号」「セデック・バレ」の監督として知られている。
たとえば三月十二日、ネット上で筆者不詳の作品批判の一文が発表され話題になった。作品を歴史改竄と極め付け、政治色濃厚の内容だと極め付ける一方で、魏徳聖氏を媚日と罵る内容なのだが、たちまち全国からの批判に曝された。あるネットユーザーがそのIPアドレスを調べたところ、発信源が行政院研究発展考核委員会(政策の計画立案を行う機関)であることを突き止め、これが一種のお笑いニュースになっている。
さらにもっと話題になっているのが十一日に国民党寄りの日刊紙「中国時報」と「聯合報」がそれぞれ掲載した批判文である。
中国時報のそれは「KANOで歴史に立ち返る?選択性の健忘症だ!」と題するもので、寄稿者は陳錦謀という水産養殖業者。
他方、聯合報のそれは「あなたはKANOした?私は沈黙する…」と題するもので、寄稿者は厳子林という雲林県口湖在住の水産養殖業者。
内容は同一で、両者の違いはタイトルと寄稿者名のみで内容は同一。それを以下に抄訳してみよう。

中国時報(左)と聯合報(右)に載った同一内容の寄稿文。「KANO」と日本人を批判している
―――あなたは「KANO」した?魏徳聖が脚本、プロデュースを担当した映画「KANO」の名は、すでに友人、同僚間の挨拶で動詞となっている。
―――この作品が大阪でのアジアン映画祭でオープニング上映され、終了後に観客は総立ちとなって二度にわたり、合わせて十分間も拍手を送ったと報じられたため、私は映画館に足を運んだが、満席の観客は誰も拍手を送っていない。隣の若い夫婦は静かに上着を着て、作品については何も語っていなかったし、二人の子供も興奮していなかった。
―――小雨の降る中、帰途につきながら、何とも言えない重い気持ちに見舞われた。そしてネットで魏徳聖のインタビュー記事を読んでみたが、彼は「『KANO』は過去の時代に立ち戻り、決してあきらめないスポーツマン精神、そして異なる種族が協力することの価値を強調したかった」と言っている。私は心の中で、「KANO」はもともと日本人に見せるためのものだったのだと思った。
―――「KANO」はまた一九九二年からのボスニア内戦を思い出させた。私のボスニアのセルビア系の友人は戦争当時故郷へ逃げ、二十年後に首都のサラエボに戻ったが、その時に見たものはボスニア人とサラエボ人が、戦前と同様に恨みもなく尊重し合い、まるで戦争がなかったかのように平和に暮らしていることだった。友人は私に言った。「これは一種の集団的選択性の健忘現象だ。戦争とはあまりに残酷で、人道に反するものだからだ」と。
―――「KANO」の手法もまさに選択性の健忘である。私の九十四歳の母が常に日本殖民時代の「夜不閉戸」(夜も戸締りしないほど治安が良い)の善政を懐かしみながら、「泥棒を捉えればその手を切り落とす」という残酷なやり方にはめったに批判しないのと同じである。
―――私は思わず自問した。「日本の観衆は映画を称えるが、それではどのように異族殖民の歴史に立ち戻る台湾人を看るのだろうか」と。そして、なぜ映画が終わると台湾の観客は静かに帰って行ったのかをついに理解した。「それもまた一つの選択だったのではないか。沈黙の中での重い選択だったのでは」と。
実に中身のない、悪意に満ちた内容である。もちろんこれも人々の怒りを買った。「日本人に見せるためのもの」などと書けば、作品を支持する台湾人に対し、「媚日だ」と侮辱するに等しい。
ネット上では「『私にも九十四歳の母がいるが、泥棒の手を断ちきった』という話など聞いたことがない」との反論も見られた。
同じく「小雨の降る中、帰途につき」とあるが寄稿者の住む雲林県口湖から最寄りの映画館は三十キロ以上離れているとか、作品が封切られてから雲林県では雨が降っていないといった「調査結果」まで出された。
つまり多くの人々が、これらの文章を「養殖業者」を騙った中国人勢力の宣伝謀略だと疑い、それを暴こうと躍起になったのだ。
そしてさらに新たな疑惑が。寄稿者がこの二紙の常連寄稿者である龍応台・文化部長(文化相)ではないかと騒がれているのだ。文体や内容から見てもそう感じられるし、実際に彼女は二月に行った講演でボスニア内戦に言及しているのだとか。
彼女は著名な中国人作家でもある。それほどの人がこうした浅薄な文章を書くのだろうかとも思うが、しかしたしかに格調の低さは中国人作家にはよく見られるものだ。

龍応台文化部長。「KANO」批判の疑惑が持たれるが
十三日に開かれた国会の教育文化委員会では民進党議員が本人の前でこの疑惑を追及したのだが、彼女は「作品を見たこともない」と否定した。
しかし多くの人々は、それを信用しようとしない。つまりそれほど国民党の中国人による台湾人の「媚日」批判に憤っているのである。あるいはこの勢力の「反台親中」、そしてさらに言えば、それと同義語に受け取れる「反日」が許せない。
なお魏徳聖氏はこうした「媚日」批判に関し、こう述べている。
「全ての人の言論の自由を尊重する。もし映画を見て不愉快になったら謝る。しかし大部分の人には納得してもらっている」

中国人から「媚日」と批判される魏徳聖氏。しかし台湾人の多くは彼を支持する
まったくそのとおりである。中国人の「反台」「反日」の言論には呆れるばかりだが、しかしこうした中国人意識、中国民族主義が台湾の政権、メディアを握り、良識ある人々の上に君臨しているというのが台湾の現状なのである。
そしてだからこそ台湾人はそれに不満を募らせ、「KANOしたか?」を合言葉にしているのかも知れない。
【過去の関連記事】
期待の台湾映画「KANO」/台湾の栄光!甲子園で準優勝に輝いた日本時代の嘉義農林チームを描く(附:感動的な予告編映像)14/03/04
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-2319.html
日本美化?台湾映画「KANO」を憎悪する中華民族主義の反日狂気 14/03/05
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-2320.html
トヨタの感動広告「台湾精神を断固支持する!」 (附:台湾チャンネル第21回動画)14/03/07
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-2321.html
*******************************************
ブログランキング参加中
運動を拡大したいので、
よろしければクリックをお願いします。
↓↓

モバイルはこちら → http://blog.with2.net/link.php
link.php
メルマガ版「台湾は日本の生命線!」のご案内
ブログ掲載記事や活動情報などを毎日配信中。是非お読みください。
登録(無料)→http://melma.com/backnumber_174014/
【台湾チャンネル】第22回、検証-終戦直後の228事件での中国軍の台湾人大量虐殺[桜H26/3/13]
http://youtu.be/LlcNjzoyoSM
公開日: 2014/03/13
台湾では今年も二・二八平和記念日を迎えました。終戦直後の1947年、法的にはまだ日本領土だった台湾で発生した二・二八事件は、中国軍(国民党軍)と台湾住民の抗争事件、または中国軍による台湾住民への大量虐殺事件ですが、日本ではあまりよく知られていません。そこで今回は事件の原因、経緯、その後の影響を検証し、台湾人の文化や生命観における中国との隔たり、そして日本との近さを明らかにするとともに、将来中国共産党による「第二の二・二八事件」が勃発する可能性について考えます。キャスター:永山英樹・謝恵芝
【見證-終戰隨後爆發之中國軍大量虐殺台灣人的228事件】
本節目使用日語和台灣的語言, 傳播日本與台灣之間的交流情報。第22集, 今年同樣令人傷痛的台灣228和平紀念日過去了。終戰隨後的1947年, 在當時還是日本領土的台灣, 爆發了中國軍(國民黨軍)與台灣住民之間的抗爭事件, 中國軍大量虐殺(日籍)台灣人的這場228事件, 在日本卻鮮為人知。因此, 節目中除了見證事件的原因、經過及後續造成之影響, 也明白解析台灣人的文化、生命觀與中國間的差距及與日本間的親近, 並推測將來由中國共產黨引發之「第二的228事件」爆發的可能性。主播: 永山英樹˙謝惠芝
スポンサーサイト