野球「日台戦」で見られた両国の真心ー台湾感謝と「チャイニーズタイペイ」の呼称拒否
2013/11/09/Sat
野球の日台戦が十一月八日に始まり、第一戦は台湾の新荘球場で行われ、激戦の末に四対二で日本代表が勝利した。
さて今回日本側が遠征先として台湾を選んだのは、東日本大震災当時の台湾からの支援に感謝するためだと、台湾での報道にはあった。
三月に東京で行われたWBCの日台戦では、大勢の日本人の観客が台湾への感謝の気持ちを綴ったプラカードなどを掲げた。それに対して台湾の選手が試合終了後、マウンドで円陣を組み、観客席に向かって頭を下げるといった感動の場面が見られた。そうした友情交流が今も野球を通じて続いているということなのだろうか。
実際に今回も両国の友情に溢れていた。
試合前に挨拶に立った交流協会(日本の対台湾窓口機関)の大橋光夫会長は、「日本は東日本大震災後の台湾からの援助を忘れたことはない」と述べ、現地の言葉で「謝謝台湾」と叫んだ。そして二〇二〇年の東京五輪開催に触れ、「台湾の人々を心から歓迎したい。日本は皆様に最高のサービスを提供する」と語った。
試合終了後には日本代表がマウンドに整列し、「心から台湾に感謝する」と書いた横断幕を広げた。

観客席では日本人客が、今回もプラカードで謝意表明を行った。
一方、台湾人の観客には、緑の台湾旗と日章旗を振る人々が大勢いた。
台湾独立派グループである台湾独立運動団体である公投護台湾聯盟と台湾独立建国大旗隊のメンバーだった。
中国の圧力で台湾代表が「チャイニ―ズタイペイ」という名(台湾は中国の一部と自ら宣伝するような危険な名称)でしか試合に参加できない中、緑の台湾旗を将来の「台湾国」の旗に見立てながら、「台湾は台湾だ」と日本及び世界にアピールしたのだ。






テレビ朝日の中継でも外野席で広げられた大きな台湾旗などがはっきりと映っており、アピール作戦は大成功だったと言える。中国やその傀儡の如き国民党政権は顔を顰めたはずである。台湾の国民党寄りで親中のテレビ局は旗が映らないよう苦心していたそうだ。

彼らが日章旗も掲げたのはなぜかと言えば、もちろん日台親善のためだが、そこには「友邦日本の人々なら台湾人の心の声を理解してくれるはずだ」との日本に対する信頼と期待があったのは間違いない。
だから中継を行ったテレビ朝日がこの日、台湾代表を「チャイニ―ズタイペイ」ではなく「台湾」と呼んだのは本当によかったのだ。台湾人のこうした期待を踏み躙らないですんだ。
メンバーの間から「日本のテレビ朝日が台湾を台湾と呼んだ」と喜び称える声が上がっていた。
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2013年度 東トルキスタン独立記念行事「東トルキスタンと日本の命運」
1933年11月12日、1944年11月12日は「東トルキスタン共和国」が建国された日です。
現在は新疆ウイグル自治区として中国の一部にされていますが、歴史的に見て、この地域は中国 ではなく
中央ユーラシアの一角「東トルキスタン」であります。
この地域が中国の王朝に支配されたのは清朝からですが、清の崩壊、中華民国による支配とを経て、 東トルキスタンの人々の「自分達の国を取り戻そう」という強い意識によって独立を宣言しました。 2つの東トルキスタン共和国は、どちらも短期間で終焉を迎えましたが、現在でも人々の郷愁を呼び起こしています。この日を記念して、本年度も日本ウイグル協会主催の記念行事を開きます
講師として関岡英之先生をお招きし、「東トルキスタンと日本の命運」という題でご講演をいただきます。
皆様のご参加お待ちしております。
【日 時】成25年11月10日(日曜日)
【場 所】文京シビックセンター5階 区民会議室5C
【時 間】18:45分開場、19:00時開始
【内 容】 「東トルキスタンと日本の命運」
【資料代】1000円(会員 500円)
【主 催】日本ウイグル協会
Mail: info@uyghur-j.org
URL: http://uyghur-j.org/japan/
#文京シビックセンターの案内では本行事は「台湾研究フォーラム」と表示されます。
さて今回日本側が遠征先として台湾を選んだのは、東日本大震災当時の台湾からの支援に感謝するためだと、台湾での報道にはあった。
三月に東京で行われたWBCの日台戦では、大勢の日本人の観客が台湾への感謝の気持ちを綴ったプラカードなどを掲げた。それに対して台湾の選手が試合終了後、マウンドで円陣を組み、観客席に向かって頭を下げるといった感動の場面が見られた。そうした友情交流が今も野球を通じて続いているということなのだろうか。
実際に今回も両国の友情に溢れていた。
試合前に挨拶に立った交流協会(日本の対台湾窓口機関)の大橋光夫会長は、「日本は東日本大震災後の台湾からの援助を忘れたことはない」と述べ、現地の言葉で「謝謝台湾」と叫んだ。そして二〇二〇年の東京五輪開催に触れ、「台湾の人々を心から歓迎したい。日本は皆様に最高のサービスを提供する」と語った。
試合終了後には日本代表がマウンドに整列し、「心から台湾に感謝する」と書いた横断幕を広げた。

観客席では日本人客が、今回もプラカードで謝意表明を行った。
一方、台湾人の観客には、緑の台湾旗と日章旗を振る人々が大勢いた。
台湾独立派グループである台湾独立運動団体である公投護台湾聯盟と台湾独立建国大旗隊のメンバーだった。
中国の圧力で台湾代表が「チャイニ―ズタイペイ」という名(台湾は中国の一部と自ら宣伝するような危険な名称)でしか試合に参加できない中、緑の台湾旗を将来の「台湾国」の旗に見立てながら、「台湾は台湾だ」と日本及び世界にアピールしたのだ。






テレビ朝日の中継でも外野席で広げられた大きな台湾旗などがはっきりと映っており、アピール作戦は大成功だったと言える。中国やその傀儡の如き国民党政権は顔を顰めたはずである。台湾の国民党寄りで親中のテレビ局は旗が映らないよう苦心していたそうだ。

彼らが日章旗も掲げたのはなぜかと言えば、もちろん日台親善のためだが、そこには「友邦日本の人々なら台湾人の心の声を理解してくれるはずだ」との日本に対する信頼と期待があったのは間違いない。
だから中継を行ったテレビ朝日がこの日、台湾代表を「チャイニ―ズタイペイ」ではなく「台湾」と呼んだのは本当によかったのだ。台湾人のこうした期待を踏み躙らないですんだ。
メンバーの間から「日本のテレビ朝日が台湾を台湾と呼んだ」と喜び称える声が上がっていた。
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1933年11月12日、1944年11月12日は「東トルキスタン共和国」が建国された日です。
現在は新疆ウイグル自治区として中国の一部にされていますが、歴史的に見て、この地域は中国 ではなく
中央ユーラシアの一角「東トルキスタン」であります。
この地域が中国の王朝に支配されたのは清朝からですが、清の崩壊、中華民国による支配とを経て、 東トルキスタンの人々の「自分達の国を取り戻そう」という強い意識によって独立を宣言しました。 2つの東トルキスタン共和国は、どちらも短期間で終焉を迎えましたが、現在でも人々の郷愁を呼び起こしています。この日を記念して、本年度も日本ウイグル協会主催の記念行事を開きます
講師として関岡英之先生をお招きし、「東トルキスタンと日本の命運」という題でご講演をいただきます。
皆様のご参加お待ちしております。
【日 時】成25年11月10日(日曜日)
【場 所】文京シビックセンター5階 区民会議室5C
【時 間】18:45分開場、19:00時開始
【内 容】 「東トルキスタンと日本の命運」
【資料代】1000円(会員 500円)
【主 催】日本ウイグル協会
Mail: info@uyghur-j.org
URL: http://uyghur-j.org/japan/
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